局所的格子歪みと結合したパイロクロア反強磁性体における新奇なスピングラス挙動

幾何学的フラストレーションが存在する磁性体では、スピンがランダムに凍結したスピングラス相が低温でしばしば観測されます。 近年、パイロクロア格子構造[図1]をもつ多くのフラストレート磁性体において奇妙なスピングラス挙動が観測されてきました。 例えば、ACr2O4 (A=Zn, Cd, etc.)、R2Mo2O7 (R=Y, Tb, etc.)等の物質では、元素置換によって乱れの強さが変わると考えられるにもかかわらず、スピングラス転移温度はほぼ一定の値をとります。 また、Y2Mo2O7では、実験で期待される乱れの大きさに対して、理論的な転移温度の見積りは実験値よりも一桁程度低いことが指摘されています。 これらの事実は、なんらかの重要な要素が従来のスピングラス理論に欠けていることを示唆しています。

そのようなパズルに触発され、私たちは、実験的に重要性が指摘されているスピン・格子結合の効果を、パイロクロア格子上の反強磁性ハイゼンベルグ模型を対象に理論的に調べました[1]。 系に静的なボンド長の乱れが存在する場合、 反強磁性交換相互作用が強いボンドの場合には反強磁性的なスピン配置、逆に弱いボンド上では強磁性的なスピン配置が好まれます。 その結果、状態の縮退が低温で破れスピンが凍結することで、(スピン・格子結合がない場合には)乱れの大きさで決まる温度でスピングラス転移を起こします。 今回、局所的な格子歪みとの結合の効果を有効的なbiquadraticスピン相互作用として取り込み、近年開発した古典モンテカルロアルゴリズム [2,3]を用いて解析しました。

計算の結果、スピン・格子結合によってスピングラス転移温度が一桁近く増大し、そのために乱れが強い領域で転移温度がスピン・格子結合の大きさで決まる振る舞いを見出しました[図2(a)参照]。 スピングラス転移温度の増大は、交換相互作用の強弱を強調するように、格子が局所的に歪むことで乱れの影響が有効的に大きくなるためです。 より正確には、スピン・格子結合によってスピンの共線性が誘起され、準離散的局所スピン構造が形成されるで熱揺らぎが抑制されることに起因します。 これらの新しいスピングラス挙動は、Y2Mo2O7におけるスピングラス挙動を定性的に良く再現します。 一方、構造転移を示さないR2Mo2O7とは異なり、(Zn1-xCdx)Cr2O4では、構造転移を伴った磁気(ネール)秩序がCd置換で壊された結果、スピングラス相が現れます。 局所歪みの空間的な相関の効果を次近接交換相互作用として有効的に取り込むことで、ネール秩序相と特異なスピングラス相が拮抗する実験相図を再現することに成功しています[図2(b)参照]。

相図

参考文献

  1. H.S., Y. Tomita and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 107, 047204(1-4) (2011).
  2. H.S. and Y. Motome, Phys. Rev. B 82 134420 (2010).
  3. H.S., Y. Tomita and Y. Motome, arXiv:1102.1222.

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